主人公の平吉は、本心は真面目なのだが知らず知らずのうちに嘘をついてしまう人間だ。本人に嘘をついているという自覚は無く、その場その場が盛り上がるように、適時拵えた作り話を披露しているのである。そしてこの人物の人生からこの嘘を取り去ってしまうと何も無くなると言い切ってしまえるくらい、平吉の印象はこの種の嘘で塗り固められたものだった。
ところが平吉は酒を飲むと、自分でも別人と思うくらいに豹変する。遂には酔った勢いでひょっとこの面を被って船縁で踊っているうちに転倒し、頭を打って死んでしまう。平吉は死ぬ間際に側にいた男に消え入りそうな声でこう言った。
「
そして言われた通りに面を取ると、そこには蒼白の、彼の知っている平吉ではない人間の死に顔があった。
このひょっとこの面とは、彼が常日頃纏っていた理性の代用品ではなかっただろうか?「道化」という面を被ったまま死んでしまった彼は、結局死ぬまでそれを取り去る事が出来なかった。しらふのときは嘘で塗り固め、それらが酒で取り払われてしまえば今度は面を被ってふざけてみせる。しかし実はそのどちらも彼の本性ではなかった。本性は彼は最期に見せた、蒼白の死に顔の上にだけあったのだ。人間は酒を飲んでも飲まなくても、「本性」などというものを現す事は出来ず、本性とはその死に至って初めて現れるものだということである。つまり人間には本来、何もないのである。本性などというものは存在しないのである。生きている間に言う事なす事、全て嘘なのだ。
『ひょっとこ』は一見剽軽な作品だが、実は芥川龍之介の虚無感がよく表れている作品なのである。